コロナ休閑

 未曾有の国難ともいえる緊急事態に外出自粛要請を受け、何とも不自由な生活を余儀なくされる毎日ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

 子供達はつつがなく日々を送っていますか?案じています。

 メディアの情報に一喜一憂する昨今ですが、感染者数も若干とはいえ減少傾向にあるとか。しかし敵もさる者、少しでも手を緩めると二波、三波と襲ってき、これこそ大変な事態になる由。勤勉、実直、それに加え世界一きれい好きな国民性であればこそ諸外国のように重い罰則など無いにもかかわらず、爆発的な蔓延も防げたのではないでしょうか?ここまで耐え忍んできたのです ここで油断をしたのでは"元の木阿弥"水泡に帰して全てむなしくなってしまいます。我慢の限界でしょうが、ここが正念場、あとひと踏ん張り頑張りましょうね。「朝の来ない夜はない」吉川英治さんの言葉です。暗くつらい日が続いても、いずれ明るい希望の日は必ずやってくるとの意味でしょう。

 標題であるコロナ休閑。休閑とは、単に休みで閑の意味だけでなく、良い土地をつくるため、しばし土地を休ませ(休耕し)更に良い土地をつくるためのお休みという大きな意味もあるのです。この休閑を「困った。どうしよう。」ではなく、逆手に取って、ポジティブに捉えようではありませんか?

 私は受験の先輩、経験者として皆様に伝授したい事があるのです。人生百年といわれるこの時代、今年ほど(令和二年というのではなく、年長さんの受験の年のこと)子供にかかわれる年など二度とないのです。小学校に上がり、中学、高校生ともなると子供との距離は次第に顕著となり(子供の成長の証し)、何の手助けも出来ず、せいぜい健康管理に気を配り、美味しいお弁当を作るのが関の山。その時、無性に年長さんのあの一年が懐かしく思われるのです。私も家庭ではペーパーの勉強はもとより、お絵かき、工作そしてあやとり、折り紙、輪つなぎ等々、子供と共に学びました。ボールつき、ケンケン、縄跳び、これは何日も何日もかかって跳べた時の喜び、子供を抱きしめ 叱った事への後悔もこめてうれし涙を流しました。それから布団の上での前転(でんぐり返し)の練習。これはすぐに子供の方が上手になりましたけれど。「先生も実技をしたのですか?」ですって?当然でしょう。模範を示したのです。私だって若かったのですもの。何といっても、“率先垂範„でしょう。優秀児は母親がつくる  私の自論です。

 この休閑を意義あるものと心得、精一杯子供と向き合い来たるべき教室の再開、ひいては秋の受験に備えて欲しいのです。

 一日でも早く教室を再開し、元気な子供達に会える日を心から待っています。


      4月に作った重さ比べ